東京高等裁判所 平成4年(行タ)25号 決定 1996年12月25日
申立人 相沢一正 ほか一一名
被申立人 内閣総理大臣
訴訟承継人 通商産業大臣
代理人 高津幸一 和田衛 貝阿彌誠 江口とし子 松谷佳樹 田村厚夫 森田修平 比佐和枝 伊東顕 早崎士規夫 ほか九名
主文
本件申立てを却下する。
理由
第一本件申立て
本件文書提出命令の申立てに係る文書の表示は、別紙一記載のとおりであり、文書の趣旨、証すべき事実、文書提出義務の原因、文書の所持者及び文書提出命令の必要性は、別紙二の第一の二ないし六、第二の二ないし六及び別紙三の文書提出命令申立理由補充書記載のとおりである。
第二当裁判所の判断
一 本件において申立人らが提出を求めている文書(以下「本件各文書」という。)は、いずれも原子炉設置許可処分後の工事計画の認可、溶接方法の認可ないし溶接検査、保安ないし運転管理に係るものであることは、別紙二の第一、第二に記載されている各文書の趣旨に照らして明らかである。
ところで、いわゆる原子炉等規制法等に基づく法規制の構造に照らせば、原子炉設置の許可の段階の安全審査においては、当該原子炉施設の安全性にかかわる事項のすべてをその対象とするものではなく、その基本設計の安全性にかかわる事項のみをその対象とするものと解するのが相当であるから(伊方発電所原子炉設置許可処分取消訴訟についての最高裁判所平成四年一〇月二九日第一小法廷判決・民集四六巻七号一一七四頁)、基本設計に後続する同法二七条の設計及び工事方法の認可の段階で規制の対象とされる当該原子炉の具体的な詳細設計及び工事の方法等は、原子炉設置の許可の段階では規制の対象とならないものと解すべきである。
そうすると、原子炉設置許可処分の取消しを求める本件訴訟においては、その審理の対象は本件原子炉施設の基本設計に瑕疵があったか否かであって、後続の工事計画の認可、溶接方法の認可ないし溶接検査、保安ないし運転管理に関する事項は審理の対象外というべきである。
二 申立人らは、原子炉設置許可の安全審査の段階で審査の対象になるのが基本設計のみであるとしても、<1>被申立人の主張によれば、右の基本設計の概念は個々の原子炉施設ごとに、また、時代ごとに個別的、流動的であるというのであるから、本件原子炉についての基本設計の範囲を裁判所が判断するためにも、本件各文書、特に工事計画書及び強度計算書の証拠調べが必要であり、<2>司法審査の対象となる事項は法令が予定している基本設計の範囲全体であり、本件原子炉設置許可処分において原子力委員会が実際に安全審査の対象とした範囲に限定されるものではないところ、本件各文書には法令が予定している基本設計の範囲に属するものと判断され得る事項が記載されているから、本件各文書について証拠調べを行う必要がある旨主張している。
しかしながら、ある事項が基本設計の範囲に属するか否かは、専ら原子炉等規制法及びその関連法規の解釈によって定まるべきものであり、本件各文書の記載内容によってその結論が左右されるものとは認められず、また、基本設計について必要とされる安全審査が十分に行われたか否かは原子炉設置許可処分そのものについてなされた審査の内容を検討することによって明らかにすることができるものというべきであるから、申立人らの右の主張は採用できない。
三 したがって、本件訴訟の審理対象からすると、本件各文書については証拠調べの必要性がないものと認められるから、被申立人に対し、その提出を命ずる必要はないものというべきである。
そうすると、本件文書提出命令の申立ては、その余の点について判断するまでもなく理由がないことになる。
第三結論
以上の次第で、本件文書提出命令の申立てを却下することとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 加茂紀久男 北山元章 林道春)
別紙一
第一
一1 本件原子力発電所の設置許可処分に対応する工事計画認可の申請の際、日本原子力発電株式会社から被申立人に提出された次の文書(訂正、変更があればそれも含む)
<1> 工事計画認可申請書
<2> 工事計画書
<3> (原子炉)圧力容器の強度計算書
仮に全部の提出ができないのであれば、そのうち給水ノズル、高圧注水ノズル、低圧注水ノズル、再循環入口ノズル、再循環出口ノズル、制御棒駆動水戻りノズル及びシュラウド・サポート(炉内構造物支持構造体)について強度計算を行った部分
<4> 熱交換機その他の耐圧容器及び管の強度計算書
仮に全部の提出ができないのであれば、そのうち再循環系配管について強度計算を行った部分
2 右工事計画の認可にあたり作成された次の文書
<1> 右工事計画の認可書の写し又は控え
<2> 原子力発電技術顧問会その他被申立人が右工事計画の認可に際し諮問を行った機関の答申又はそれに準ずる文書
第二
一1 本件原子力発電所の設置許可処分に対応する工事計画認可の申請の際、日本原子力発電株式会社が被申立人に提出した工事計画書(訂正、変更があればそれも含む)
仮に全部の提出ができないのであれば、そのうち圧力容器の主要寸法及び材料並びに原子炉冷却系統設備の配管の最高使用圧力、最高使用温度、外径、厚さ及び材料についての部分
2 本件原子力発電所の右工事計画認可に対応する溶接方法の認可の申請の際に日本原子力発電株式会社又はその委託を受けた溶接業者が提出した溶接方法認可申請書(訂正、変更があればそれも含む)
仮に全部の提出ができないのであれば、そのうち再循環系主配管(圧力容器及び再循環ポンプとの溶接部を含む)及びこれと接続する配管に関する部分並びに圧力容器に関する部分
3 本件原子力発電所の右工事計画認可に対応する溶接検査の際に日本原子力発電株式会社又はその委託を受けた溶接業者が提出した溶接検査申請書及び溶接明細書、溶接部の設計図(溶接済の状態で輸入した部分については輸入品溶接検査申請書及び溶接の方法に関する説明書、溶接部の設計、溶接についての材料試験、非破壊試験、機械試験及び耐圧試験の結果に関する資料並びに応力除去の方法に関する説明書)(いずれも訂正、変更があればそれも含む)
仮に全部の提出ができないのであれば、そのうち再循環系主配管(圧力容器及び再循環ポンプとの溶接部を含む)及びこれと接続する配管に関する部分並びに圧力容器に関する部分
4 本件原子力発電所の保安規定及び運転手順書の各写し又は控え
以上
別紙二
第一、
一、文書の表示<略>
二、文書の趣旨
右1.の文書はいずれも本件原発の設置の際に、被告の主張するところの「詳細設計」の審査を受けるための手続である工事計画の認可の申請に際して日本原子力発電株式会社から被控訴人に提出された文書である。
<1>の文書は別紙の様式の文書であり工事計画の認可の申請を行う旨の記載がある。
<2>の文書は<1>の文書の別紙として提出される文書であり、被告主張の「詳細設計」を記している。
<3>、<4>の文書は<1><2>の文書の添付書類として提出される文書(<3>、<4>以外にもある)であり、<3>の文書は原子炉圧力容器の強度の計算方法及びその結果が、<4>の文書には配管等の強度の計算方法及びその結果が記載されている。
2. 右2.の文書はいずれも本件原発の工事計画認可にあたり作成された文書である。
<1>の文書は右工事計画認可の申請を受けてその通り認可する旨の記載がある。
<2>の文書は本件原発の工事計画認可の際の事実上の審査の経過及び結果を記載している。
三、証すべき事実
本件各文書全体により、本件原発において被控訴人主張の「詳細設計」の審査が極めて杜撰になされたこと及び被控訴人主張の基本設計論を基礎づける事実(「詳細設計」について原子力安全委員会が関与しなくても原発の安全性を確保できる)が存在しないことを立証する。
また、1.<2><3><4>の文書により本件原発の圧力容器(特に前記ノズル部及びシュラウド・サポート)の設計に欠陥があり、割れの発生が避けられないこと、本件原発の再循環系配管の設計に欠陥があり割れの発生が避けられないこと(材料に応力腐食割れを起こしやすい三〇四ステンレス鋼を使用していることも含む)、再循環流量制御系の設計に欠陥があり暴走事故を避けられないこと、主蒸気系の設計に欠陥があり暴走事故を避けられないこと及び緊急停止系の設計に欠陥がありスクラム失敗が避けられないことを立証する。
四、文書提出義務の原因
1. 法律関係文書(民事訴訟法第三一二条第三号後段)
(一) 本件訴訟において争われている法律関係と主たる争点
本件訴訟は、東海第二発電所原子炉設置許可処分について控訴人らが右処分の取消を求めているものである。そしてその取消原因としては、主として本件原発が「原子炉施設の位置、構造及び設備が核燃料物質、核燃料物質によって汚染された物又は原子炉による災害防止上支障がない」(原子炉等規制法第二四条第一項第四号)との要件に該当しないことを主張し、特に本件原発において圧力容器、配管の割れによる冷却材喪失事故(LOCA)または暴走事故が発生する危険があるか否かが最大の争点となっており、他方、被控訴人側の主張により原子炉設置許可処分の際の安全審査の範囲が基本設計に限定されるか否かが大きな争点となっている。
従って控訴人と被控訴人の間には右取消事由、即ち実質的には右の事故の危険性の有無及び基本設計論の当否に関する法律関係が存在する。
(二) 民事訴訟法第三一二条第三号後段の法律関係文書の意義
民事訴訟法第三一二条第三号後段にいう挙証者と所持者との間の法律関係について作成された文書とは、挙証者と文書の所持者との間の法律関係それ自体を記載した文書だけでなく、その法律関係に関係のある事項を記載した文書、ないしはその法律関係の形成過程において作成された文書をも包含すると解されている(高松高裁昭和五〇年七月一七日決定 判例時報七八六号三頁、大阪高裁昭和五三年三月六日決定 判例時報八八三号九頁等多数)。
右の挙証者と所持者の法律関係に関係のある事項を記載した文書としては従前より、次のようなケースで文書提出命令が認められている。
伊方原発訴訟においては、原発の危険性及び原子炉設置許可処分の内容及び手続上の違法が主張されて原子炉設置許可処分の取消訴訟が提起され、当事者間に原子炉設置許可処分の取消を求め得る権利の存否ないし原子炉設置許可処分の取消原因の存否に関する実体法上の法律関係が存在するとして、四国電力が国に提出した安全審査の参考資料や安全審査会の議事録等原子炉設置許可処分までの手続過程で作成され、設置許可処分の前提資料となった文書につき、広汎に文書提出を命令した(高松高裁昭和五〇年七月一七日決定 判例時報七六八号三頁)。
多奈川火力発電所公害訴訟では、火力発電所運転による大気汚染を不法行為として運転差止及び損害賠償請求訴訟が提起され、火力発電所運転による大気汚染とこれによる付近居住住民たる挙証者らの損害発生という法律関係につき、電力会社が火力発電所周辺で行った風向、風速、二酸化いおう、ばいじん降下量の測定データの提出を命令した(大阪高裁昭和五三年三月六日 判例時報八八三号九頁)。
航空自衛隊の航空機事故をめぐる国家賠償請求訴訟では、事故原因が主たる争点となり、航空自衛隊部内の航空事故調査委員会の作成した航空事故調査報告書につき、挙証者と所持者間の不法行為に基づく損害賠償請求権にかかる法律関係に関係する文書として全ての事例で提出命令が出されている(判例時報一〇四七号八六頁の解説参照。右解説ではこれは「実務的にはほとんど確定的な判例法になっているといってよいであろう」とされている)。
(三) 本件各文書の法律関係文書性
本件各文書は、被控訴人の主張に従えば、本件原発の設計の安全性に関する事項の大半についての審査に関する文書であり、特に1.<2><3><4>の文書は本件原発設計の安全性に関する事項の大半を記載した文書である。従って本件各文書は、本件訴訟における主たる争点である本件原発の安全性そのものについての文書であり、少なくとも密接な関連性のある文書である。また本件各文書は被控訴人主張の「詳細設計」の審査の内容を示す文書であるから、被控訴人主張の基本設計論の現実的妥当性の有無を直接示す文書である。従って本件各文書は本件訴訟の大きな争点である基本設計論の当否について密接な関連性のある文書である。
よって本件各文書は右争点を中心として形成された控訴人と被控訴人の間の法律関係に関係のある文書である。
2.利益文書(民事訴訟法第三一二条第三号前段)
(一) 民事訴訟法第三一二条第三号前段の利益文書の意義
民事訴訟法第三一二条第三号前段にいう「文書が挙証者の利益の為に作成せられ」とは、文書が挙証者の法的地位、権利権限を明らかにするものをいい、それが直接挙証者のためのみに作成されたものに限らず、挙証者と所持人その他の者の共同の利益のために作成された場合をも包含し、また、右利益は、挙証者のために間接的であっても密接した利益であれば足りるものと解するのが相当である(福岡高裁昭和五二年七月一三日決定 高民集三〇巻三号一七五頁、同旨大阪高裁昭和五三年五月一七日決定 高民集二一巻二号一八七頁、高松高裁昭和五五年一二月二六日決定 訟務月報二七巻八号一五三五頁等)。
(二) 本件各文書の利益文書性
工事計画の認可は、原発の設計についてその欠陥故に人体に危害を及ぼさないことを目的として行われる(認可基準たる技術基準の作成基準。電気事業法第四八条第二項第一号参照)。従って本件各文書もまた右の目的のために作成されたものであるから少なくとも間接的には控訴人らの安全を図ることを目的として作成されたものである。そして本件訴訟においては本件原発の設計上の欠陥により控訴人らの安全が脅かされるか否かが争われているのであり、本件各文書は控訴人らの利益のために作成されたというべきである。
3.引用文書(民事訴訟法第三一二条第一号)
(一) 民事訴訟法第三一二条第一号の引用文書の意義
民事訴訟法三一二条一号にいう『訴訟において引用したる文書』とは、訴訟において当事者によって引用された文書すなわち、当事者によってその存在と趣旨が訴訟で引用された文書を指称する。従って、必ずしも、証拠として引用された文書に限るものではない。このような文書を提出する義務を当事者の一方に課するのは、それを所持する当事者が、この文書の存在を積極的に主張して裁判所に自己の主張の真実であることの心証を一方的に形成させる危険を避けるため、該文書を相手方の批判にさらすのが衡平であることによる。(大阪高裁昭和四六年一月一九日訟務月報一七巻四号六七七頁)
この趣旨からは、本件文書の如く法令上その作成、提出が定められている文書についてその文書の提出を受ける被控訴人が引用する場合、その手続の履行を主張すること自体、内容を引用したと解するべきである。何故なら被控訴人の如き公益の代表者が訴訟において、現に行われた手続について主張する場合に、文書の存在と内容を確認することを怠って主張することは考え難く、裁判所においても被控訴人が手続の履行を主張する以上、その手続の要件を満たした記載のある文書が存在するとの心証を形成する危険が強いからである。
(二) 本件各文書の引用文書性
本件訴訟において被控訴人は度々工事計画認可の手続の存在に言及している。特に被控訴人は原審において準備書面(一〇)一四二頁から一四三頁にかけて「爾後の手続に際しては、右格納容器の詳細設計や冷却水注入機能等の性能がいずれもそれぞれの基準に適合していることを確認しているのである」として本件原発において工事計画認可が基準通りに行われたことを主張し、もって工事計画書及び認可の際の答申を引用している。
五、文書の所持者
被控訴人
六、文書提出命令の必要性
被控訴人は原審途中より基本設計論を主張し、その点についてすでに一五年に及ぶ論争が繰りひろげられており、特に控訴審においては第二一回口頭弁論(一九九一年五月二〇日)以来厳しい論争が行われてきたところである。基本設計論が原子炉等規制法の解釈として採りえないことは控訴人らが準備書面(二八)で指摘した通りであるが、基本設計論の現実的妥当性については今なお全く検証されていない。「詳細設計以降」の実情を示さずに主張される基本設計論は正しく空理空論である。控訴人らとしては(既に法解釈論としては基本設計論を採り得ないことを確信しているが)、この論争に最終的決着をつけるためにも本件各文書の提出を受け、「詳細設計」の実情について審理が行われる必要があると考える。なお被控訴人は、もし本件原発の工事計画認可が適正に行われ、本当に本件原発の安全性が確認されたとの自信があるならば自発的に本件各文書を提出すべきである。
なお、右各文書が控訴人ら主張の事故の危険性立証のため必要であることは、被控訴人らが本件原発での過去の事故・故障は全て詳細設計以降に起因するとしていることからも明らかである。
第二、
一、文書の表示<略>
二、文書の趣旨
いずれも本件原発の工事計画認可以降の手続についての文書である。
1.の文書には本件原発の各部分の材料、寸法等が記載されている。
2.3.の文書には本件原発においてどのような溶接が実施されるかが記載されている。
4.の文書には本件原発の運転方法(脱気運転の実施の有無・内容)が記載されている。
三、証すべき事実
本件原発において被控訴人主張の応力腐食割れ対策(三〇四L、三一六Lの採用、溶接方法の改善、脱気運転)が行われていない事実を立証する。
四、文書提出義務の原因
第一、四1.2.記載の通り
五、文書所持者
被控訴人
六、文書提出命令の必要性
被控訴人及び原判決は、本件原発において現実に応力腐食割れ対策が行われたとしているがその証拠に乏しい。被控訴人は内田証人の証言を引用するのみであるが被控訴人の引用箇所は「本件原子炉につきましては、福島等からの経験を踏まえて、材料、溶接等、十分応力腐食割れに対する対策はとれていると思います」とするだけのものであり、内田証人自身応力腐食割れについては、「私はあまり専門ではありません」と繰り返し(内田証言(二)、一二丁表、一三丁裏、六七丁表裏)、手続上工事計画認可以降の手続には関与せず、証言でも保安規定で決めることはわからない(内田証言(二)八四丁表裏)などとしている内田証人が推測ないし希望的観測として述べていることであり、このような「証言」で本件原発で工事計画認可以降の手続で応力腐食割れ対策が行われたと認定することは到底不可能である。原判決は応力腐食割れ全般についての判示にいくつかの書証を列挙しているが、それらの書証にはそれらの対策が本件原発で実施されたとの記載は全くない(だからこそ被控訴人も内田調書しか引用しないのである)。
応力腐食割れは本件原発の安全性の重要な争点であり、原判決は本件原発で応力腐食割れ対策が現に行われたということを控訴人らの応力腐食割れについての主張を退ける大きな根拠としているのであるから、これらの対策の実施の有無は本件訴訟の結果に大きな影響を及ぼすところである。
そして本件原発において被控訴人主張の応力腐食割れ対策が現に実施されたか否かは本件各文書を見れば一目瞭然であり、かつ本件各文書が最も強い証明力を持つのである。
従って本件訴訟の重大な争点である本件原発での応力腐食割れ対策実施の有無の立証のため本件各文書の提出が必要である。なお被控訴人は本件原発での応力腐食割れ対策の実施を主張する以上自発的に本件各文書提出すべきである。
別紙三
文書提出命令申立理由補充書
第一、はじめに
控訴人らの文書提出命令申立に対し、被控訴人は平成四年一二月七日付の文書で意見を述べ、専ら本件訴訟の審理の対象が本件原発の基本設計に限定されるとの基本設計論を理由に、本件各文書については証拠調べの必要性も提出義務もないとした。
基本設計論の誤りは控訴人らが準備書面(二八)、同(三〇)、同(三二)で詳細に指摘したところであるが、仮に最高裁第一小法廷平成四年一〇月二九日判決に従い基本設計論を採用したとしても、被控訴人の立論は基本設計の範囲が明らかにされていることが前提となるところである。そして、現行法上どこにも定義されていない「基本設計」なる概念を被控訴人が勝手に持ち出して審理の対象は基本設計に限定されるなどとしていることから条理上必然的に本来被控訴人がその主張にかかる「基本設計」の範囲を明らかにすべきところ、右最高裁第一小法廷判決も何を安全審査の対象とするかも当然に含まれる「調査審議及び判断の過程等」につき不合理な点のないことを被控訴人において相当の根拠、資料に基づき主張、立証する必要があるとしているのであり、被控訴人においてその主張する「基本設計」の範囲を明らかにする責任があることは誰の目にも明白である。
そのため控訴人らは前回の口頭弁論期日において口頭で基本設計の範囲につき実に六度めの求釈明を行うとともに被控訴人の意見の趣旨につきさらに二点の求釈明を行い、一九九二年一二月二四日付で文書化して交付した(一九九三年一月末日を回答期限とした)が一九九三年二月二六日現在何らの回答もない。
控訴人らとしては被控訴人の釈明を踏まえた意見を述べたかったが、被控訴人の相変わらずの不誠実な訴訟態度からやむなく次の通り平成四年一二月七日付の意見についてのみ反論する。
第二、証拠調べの必要性
一、基本設計論の採否について
被控訴人は本件審理の対象が本件原発の基本設計に限定され、かつ本件各文書が本件処分の後続手続に提出された文書であることを理由に、本件各文書の証拠調べの必要性がないと主張する。
しかし控訴人らが準備書面(二八)、同(三〇)、同(三二)で述べた通り、原子炉等規制法及び電気事業法の解釈として基本設計論を採用することは誤りである。準備書面(三二)で述べた通り、最高裁第一小法廷判決は基本設計論についての十分な主張・立証のない状態で、つまり争点として熟さない段階で電気事業法の規定を誤解してなされたものであり、原発訴訟における基本設計論の採否は、基本設計論について最も詳しく主張が行われている(被控訴人の主張は詳しくないが)本件訴訟においてこそ決着をつけるべきである。また、そうでないとしても、本件訴訟において基本設計論を採用するか否かは本件裁判所が審理の結果に基づき判断すべき事柄であり、最高裁第一小法廷の一判決に拘束されるものではない。
そして原子炉設置許可処分において安全審査を行う対象が基本設計のみで足りるか否かは後続手続においてどのような審査が行われるのか(これが基本設計論を裏づける立法事実のはず)を見ることなく判断することはできないのであり、基本設計論の解釈論としての妥当性の有無の判断のためには、後続手続における安全審査の実情についての証拠調べを回避することはできない。
二、基本設計論を採用しても本件各文書の証拠調べは必要である(その1)
――基本設計の範囲の判断のために本件各文書の証拠調べが必要
基本設計論を採用した場合本件訴訟において判決上安全審査の違法性について判断を示す範囲は「基本設計」に限定されることになる。従って裁判所は本件訴訟の審理の過程においてその「基本設計」の範囲を確知しなければならず、また適正な攻撃防禦を行うためその範囲は控訴人らも予め示される必要がある。この「基本設計」の範囲については、本来被控訴人に主張立証責任があるところである。しかし被控訴人は「基本設計の範囲は…すべての事項を律するような一般的、抽象的基準により定まっているものではない」「個々の事項につき、それが基本設計に係る事項か否かを示したとしても、それによって直ちに原子炉施設の基本設計ないし基本設計方針の範囲が明らかになるものではない」(いずれも被控訴人の準備書面(八)より)つまり基本設計の範囲はどうやっても明らかにならないとして「だから被控訴人としては、これ以上の釈明の必要はないと考える」(同)としているのである。このような事実を見れば被控訴人には自ら主張する基本設計を明らかにする意思も能力もないことが明らかである。
このような場合、最高裁第一小法廷判決の理論によれば、「被告行政庁が右主張、立証を尽くさない場合には、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることが事実上推認されるというべきものである」から、本件訴訟がこのまま推緯すれば当然に控訴人らの勝訴となるところであるが、控訴人らは被控訴人と異なり、本件訴訟において原発の危険性に関する真実を明らかにすべきと考えているのでさらに審理が行われるべきと思料している。
被控訴人が基本設計の範囲を明らかにする意思も能力もない以上、裁判所が、判決にあたり、直接に証拠によって基本設計の範囲を確知すべきことになるところ、被控訴人によれば「基本設計の範囲はすべての事項を律するような一般的、抽象的基準により定まっているのではない」(被控訴人準備書面(八))というのであるから法令の規定そのものから導くことは不可能であり、「原子炉設置許可に際しての安全審査において、いかなる事項をいかなる程度まで審査するかは、…審査当時の技術的知見ないし当該設備の他作業における利用実績等により差異が生ずる」(被控訴人準備書面(七))というのであって全ての原発について同じでないというのであるから、結局のところ、被控訴人の主張による限り、何を基本設計とすべきかは個別の原発の具体的な設計との関係で決定すべきことになる。とすれば、本件原発において本来審査すべきであった「基本設計」の範囲は本件原発の設計全体の中での位置づけにより判断すべきことになり、本件訴訟における「基本設計」の判断者である裁判所は本件原発の具体的な設計全体を知る必要がある。そして民事訴訟における判断は当事者の攻撃防禦の下に争点化した上で行うべきである以上、当然に控訴人らも本件原発の具体的な設計全般を知る必要がある。
以上の通り、基本設計論を採用した場合本件訴訟の審理対象たる基本設計の範囲を裁判所が判断するためにも本件各文書、特に工事計画書及び強度計算書の証拠調べが必要である。
三、基本設計論を採用しても本件各文書の証拠調べは必要である(その2)
――本件各文書には本来基本設計に属すべき事項が記載されている
基本設計論を採用した場合でも、本件安全審査において対象とした事項が、法令が予定している基本設計の範囲の全てを含んでいるかは、当然に司法審査の対象となり、これが一部欠落していれば「調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があり」として本件処分が違法と判断され得るところである。つまり基本設計論を採用した場合でも、司法審査の対象となる事項は法令が予定している(と裁判所が判断した)基本設計の範囲全体であって、本件処分において原子力委員会が安全審査の対象とした範囲(それが本件処分関係の文書に記載されている)に限定される訳ではない。従って、法令上本来予定されている基本設計の範囲に属する事項は、それが本件処分の関係書類に記載されているか否かに関わらず、証拠調べを行う必要があり、それが後続手続に関する文書に記載されている場合であっても全く同じことである。
被控訴人は、例えば圧力容器や配管の割れの防止(圧力バウンダリの健全性維持)に関する事項が基本設計に属することは認めており、ただ「その詳細」は基本設計でないとしている。控訴人らはその重要性に鑑み、右のごとき事項は「詳細」も含め本件安全審査の対象とすべきと思料するが、被控訴人の立場に立ってすらどこまでが「詳細」でなくてどこからが「詳細」なのかは議論の余地のあるところであろう。そして被控訴人の言う「その詳細」(本件処分の安全審査で「その詳細」と判断された事項)は本件各文書に記載されている。
従って本件各文書には、少なくとも、本件原発の基本設計に属すると判断され得る(その判断は、判決においてなされる)事項が記載されていることが明らかであるから、本件各文書の証拠調べの必要性があることは明らかである。
第三、民事訴訟法三一二条各号該当性
一、法律関係文書(民訴法三一二号三号後段文書)該当性
被控訴人は基本設計論のみを根拠として本件各文書の法律関係文書該当性を否定している。しかし、民事訴訟法三一二条三号後段の法律関係文書には挙証者と所持者の法律関係に(密接に)に関連ある事項を記載した文書も含まれると解されており(東京高裁昭和五七年三月一九日決定判例時報一〇四七号八六頁等判例多数)、この場合その文書がいかなる手続において作成された文書であるかは問題とならない(「その法律関係の形成過程において作成された文書も含む」――高松高裁昭和五〇年七月一七日決定判例時報七八六号三頁等――との理由で法律関係文書と認める場合であれば、いかなる手続において作成されたかが問題となるが)。そして、仮に基本設計論を採用するとしても、本件原発の暴走の可能性、圧力容器及び配管の健全性並びにそれらの安全性を確保するための対策は当然本件安全審査の対象となるべき事項であり、本件訴訟の審査対象に属するところである。本件各文書はまさにその本件原発の暴走可能性と暴走事故対策、圧力容器及び配管の健全性確保対策が記載されている文書であり、正に挙証者と所持者の法律関係に密接に関連する事項でありかつ本件訴訟の審査対象たる事項を記載した文書である。本件各文書が、被控訴人及び事業者の運用上、本件許可処分の後続手続に属するとして作成されたということをもって、本件各文書に記載されている事項がこれから裁判所が判断する本件安全審査において審査すべき範囲(「基本設計」の範囲)外とする理由はない(行政庁の判断はいわゆる実質的証拠法則等の特別の規定がない限り司法判断を拘束する効果はない)。
なお被控訴人から主張されていないが念のために付言すれば、本件各文書は行政手続のために作成され、法令上作成義務のある文書であり、「専ら自己使用のために作成した内部文書」でないこと及び控訴人らの生命健康の安全に関連する事項を記載し、企業が行政庁の許認可を受けるという利益を享受するために行政庁に提出した文書については企業秘密であることは提出拒否理由とならないことは、前掲高松高裁決定からも明らかである。
よって、仮に基本設計論を採用するとしても本件各文書が法律関係文書に該当することは明らかであり、被控訴人の主張は筋違いである。
二、利益文書(民訴法三一二条三号前段文書)該当性
被控訴人は「挙証者の利益や文書作成の目的が間接的、客観的なものでよいとすること」が許されないこと及び基本設計論のみを理由に本件各文書の利益文書該当性を否定している。
しかし前者については民訴法三一二条三号前段の利益文書は「法律上の利益を直接明らかにするものに止まらず間接に明らかにするもので足り、また作成の目的は作成者の主観的意図に止まらず、文書の性質から客観的に認められれば足りるものと解するのが相当である。」(大阪高裁昭和五三年六月二〇日決定判例時報九〇四号七二頁、なお同旨の判例として高松地裁昭和五四年二月七日決定判例時報九四二号六〇頁、大阪地裁昭和五六年二月二五日決定判例タイムズ四四〇号一〇九頁等)とされており、被控訴人の主張のごとく利益文書を限定することは妥当でない。
後者の基本設計論に関する主張は、一に述べたことと同じ理由で失当である。
三、引用文書(民訴法三一二条一号文書)該当性
被控訴人は本件各文書の引用を否認し、基本設計論を理由に引用文書該当性を否定している。しかし被控訴人の引用については申立書で述べた通りであり、基本設計論に関する主張は一で述べたことと同じ理由で失当である。